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ドバイワールドカップのレース賞金は現在、世界最高額です。

2010年に増額された賞金は、総額賞金1000万ドル(約11億円)・1着賞金600万ドル(約6億6000万円)となっています。

同日に行われている他のレースの賞金は、ドバイシーマクラシックの賞金が総額600万ドル・1着360万ドル、ドバイターフ(旧ドバイデューティフリー)の賞金が総額600万ドル・1着360万ドル、ドバイゴールデンシャヒーンの賞金が総額200万ドル・1着120万ドル、アルクオーツスプリントの賞金が総額100万ドル・1着60万ドル、UAEダービーの賞金が総額200万ドル・1着120万ドル、ドバイゴールドカップの賞金が総額100万ドル・1着60万ドル、ゴドルフィンマイルの賞金が総額100万ドル・1着60万ドル、とそれぞれ設定されています。


日本円は1ドル=110円で換算しています。

ドバイワールドカップの賞金
(GI・ダート2000m)
賞金総額 1000万ドル(約11億円)
1着 600万ドル(約6億6000万円)
2着 200万ドル
3着 100万ドル
4着 50万ドル
5着 30万ドル
6着 20万ドル


ドバイシーマクラシックの賞金
(GI・芝2410m)
賞金総額 600万ドル(約6億6000万円)
1着 360万ドル(約3億9600万円)
2着 120万ドル
3着 60万ドル
4着 30万ドル
5着 18万ドル
6着 12万ドル


ドバイターフの賞金
(GI・芝1800m・旧ドバイデューティフリー)
賞金総額 600万ドル(約6億6000万円)
1着 360万ドル(約3億9600万円)
2着 120万ドル
3着 60万ドル
4着 30万ドル
5着 18万ドル
6着 12万ドル


ドバイゴールデンシャヒーンの賞金
(GI・ダート1200m)
賞金総額 200万ドル(約2億2000万円)
1着 120万ドル(約1億3200万円)
2着 40万ドル
3着 20万ドル
4着 10万ドル
5着 6万ドル
6着 4万ドル


アルクオーツスプリントの賞金
(GI・芝直1200m)
賞金総額 100万ドル(約1億1000万円)
1着 60万ドル(約6600万円)
2着 20万ドル
3着 10万ドル
4着 5万ドル
5着 3万ドル
6着 2万ドル


UAEダービーの賞金
(GII・ダート1900m・3歳限定)
賞金総額 200万ドル(約2億2000万円)
1着 120万ドル(約1億3200万円)
2着 40万ドル
3着 20万ドル
4着 10万ドル
5着 6万ドル
6着 4万ドル


ドバイゴールドカップの賞金(GII・芝3200m)
賞金総額 100万ドル(約1億1000万円)
1着 60万ドル(約6600万円)
2着 20万ドル
3着 10万ドル
4着 5万ドル
5着 3万ドル
6着 2万ドル


ゴドルフィンマイルの賞金
(GII・ダート1600m)
賞金総額 100万ドル(約1億1000万円)
1着 60万ドル(約6600万円)
2着 20万ドル
3着 10万ドル
4着 5万ドル
5着 3万ドル
6着 2万ドル


ドバイワールドカップは1996年に第1回競走が行われ、アメリカのシガーが初代の優勝馬となっています。

賞金は総額を600万ドルとされ当時世界最高賞金でした。賞金は2010年に増額され、総額1000万ドルとなり、現在でも世界最高賞金レースとなっています。

また第3回の1998年からは国際G1競走として施行されています。

第1回から第14回の2009年まではドバイのナド・アルシバ競馬場のダート2000mで行われていましたが、第15回の2010年からは同じくドバイのメイダン競馬場のオールウェザー2000mに移行。そして、2015年の第20回からはメイダン競馬場のダートコース2000mで行われています。

ダートの本場アメリカの馬が10勝でトップ。地元UAEの馬が8勝、イギリス・フランス・日本の馬がそれぞれ1勝をあげています。


ここでは、歴代の優勝馬と、日本馬のドバイワールドカップ成績をご紹介します。

外国馬=緑字日本馬=赤字


2016年 第21回  →レース動画
メイダン競馬場 ダート2000m

1着 カリフォルニアクローム 牡5 米国
9着 ホッコータルマエ 牡7 日本

先団外目を追走した前年の2着馬カリフォルニアクロームが直線先頭に立つと後続突き離してレコードで圧勝した。直線でも頑張りを見せたホッコータルマエだったが9着に敗退。



2015年 第20回  →レース動画
メイダン競馬場 ダート2000m

1着 プリンスビショップ セ8 UAE
5着 ホッコータルマエ 牡6 日本
9着 エピファネイア 牡5 日本

この年から再びダートに。前年の米二冠馬カリフォルニアクロームを地元UAEのプリンスビショップが差し切って優勝。ホッコータルマエは5着に好走。エピファネイアは3コーナーで後退しシンガリ負け。



2014年 第19回  →レース動画
メイダン競馬場 AW2000m

1着 アフリカンストーリー セ7 UAE
11着 ベルシャザール 牡6 日本
16着 ホッコータルマエ 牡5 日本

地元ゴドルフィンのアフリカンストーリーが先行から逃げ馬を交わして優勝。ベルシャザールは直線での反応が悪く11着。ホッコータルマエは3角から手応えが怪しくなりシンガリ負け。



2013年 第18回  →レース動画
メイダン競馬場 AW2000m

1着 アニマルキングダム 牡5 米国

'11年のケンタッキーダービー馬アニマルキングダムがドバイの大舞台で久々のGI優勝。AW移行後の米国馬の優勝は初めて。日本馬参戦ナシ。



2012年 第17回  →レース動画
メイダン競馬場 AW2000m

1着 モンテロッソ 牡5 UAE
6着 エイシンフラッシュ 牡5 日本
10着 スマートファルコン 牡7 日本
13着 トランセンド 牡6 日本

ゴドルフィンの伏兵モンテロッソが勝利。鞍上は当時20歳のバルザローナ。同馬は2014年から日本で種牡馬入り。日本馬は、エイシンフラッシュの6着が再先着。スマートファルコンは発馬直後の不利が響いた。



2011年 第16回  →レース動画
メイダン競馬場 AW2000m

1着 ヴィクトワールピサ 牡4 日本
2着 トランセンド 牡5 日本
8着 ブエナビスタ 牝5 日本

向こう正面で一気に先頭集団に押し上げたMデムーロ騎乗のヴィクトワールピサが直線先頭に立つとそのまま押し切って、日本馬初のドバイWC制覇。逃げたトランセンドが2着で日本馬のワンツー。震災直後の日本のファンに感動を与えた。



2010年 第15回  →レース動画
メイダン競馬場 AW2000m

1着 グロリアデカンペオン 牡7 仏国
11着 レッドディザイア 牝4 日本

この年からメイダン競馬場オールウェザー2000mでの開催に。人気薄の7歳馬グロリアデカンペオンがハナ差逃げ切り勝ち。欧州馬の優勝は、第2回のシングスピール以来13年ぶり。ドバイでの前哨戦を勝って挑んだレッドディザイアは伸びず11着。



2009年 第14回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 ウェルアームド セ6 米国
8着 カジノドライヴ 牡4 日本

前年の3着馬ウェルアームドが14馬身差で圧勝。この着差はドバイWC史上最大。セン馬の優勝は初めて。カジノドライヴは好位置で競馬をするも伸びず8着。



2008年 第13回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 カーリン 牡4 米国
12着 ヴァーミリアン 牡6 日本

前年のアメリカ年度代表馬カーリンが7馬身以上の差をつけて圧勝。2年連続参戦のヴァーミリアンは見せ場なく12着。



2007年 第12回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 インヴァソール 牡4 米国
4着 ヴァーミリアン 牡5 日本

南米ウルグアイの三冠馬で、アメリカ移籍後も'06年の年度代表馬に選ばれる活躍をしていたインヴァソールが優勝。ヴァーミリアンは着差は離されたものの健闘し4着。



2006年 第11回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 エレクトロキューショニスト 牡5 UAE
4着 カネヒキリ 牡4 日本
7着 スターキングマン 牡7 日本

デットーリ騎乗、地元ゴドルフィンのエレクトロキューショニストが勝利。カネヒキリは先行策からジリジリ伸びて4着に好走。なお2位入線のブラスハットが禁止薬物検出でレース後失格になった。



2005年 第10回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 ロージズインメイ 牡5 米国
6着 アジュディミツオー 牡4 日本

米国のロージズインメイが3馬身差で勝利。同馬は後にビッグレッドファームの岡田繁幸氏に購入され日本で種牡馬入りした。地方競馬所属馬で初めてドバイWCに参戦したアジュディミツオーは6着。



2004年 第9回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 プレザントリーパーフェクト 牡6 米国
8着 アドマイヤドン 牡5 日本
9着 リージェントブラフ 牡8 日本
12着 サイレントディール 牡4 日本

前年のBCクラシックの勝ち馬プレザントリーパーフェクトが、メダグリアドーロとの叩き合いを制して優勝。日本から参戦の3頭は振るわず、アドマイヤドンの8着が最高だった。



2003年 第8回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 ムーンバラッド 牡4 仏国

ムーンバラッドが5馬身差で優勝。同馬の父は第2回ドバイWC優勝のシングスピールで、同レース初の父子制覇となった。イラク戦争の影響で飛行機が調達できず、イーグルカフェとゴールドアリュールは参戦できなかった。



2002年 第7回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 ストリートクライ 牡4 UAE
6着 アグネスデジタル 牡5 日本
11着 トゥザヴィクトリー 牝6 日本

地元ゴドルフィンのストリートクライが直線あっさり抜け出して優勝。前年の凱旋門賞馬サキーは3着。日本馬はアグネスデジタルが6着、2年連続参戦のトゥザヴィクトリーは11着だった。



2001年 第6回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 キャプテンスティーヴ 牡4 米国
2着 トゥザヴィクトリー 牝5 日本
9着 レギュラーメンバー 牡4 日本

果敢に逃げたトゥザヴィクトリーが直線も良く粘って2着に好走。勝ったのはアメリカのキャプテンスティーヴ。同馬は引退後日本で種牡馬入りした。



2000年 第5回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 ドバイミレニアム 牡4 UAE
6着 ワールドクリーク 牡5 日本

この年のドバイWC優勝を夢見て名付けられたドバイミレニアムが、2着に6馬身差をつけて見事に優勝。生涯成績10戦9勝(うちGI4勝)で種牡馬入りした同馬だったが'01年に急死。残した産駒は1世代だけだった。



1999年 第4回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 アルムタワケル 牡4 UAE

4頭の激しい叩き合いを制してアルムタワケルが優勝。地元UAE調教馬として初めてドバイWCを制した。日本馬の参戦ナシ。



1998年 第3回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 シルバーチャーム 牡4 米国
6着 キョウトシチー 牡7 日本

前年のアメリカ2冠馬シルバーチャームが、地元UAEのスウェインをハナ差退けて優勝。日本から参戦のキョウトシチーは大きく離された6着に敗れた。



1997年 第2回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 シングスピール 牡5 英国
中止 ホクトベガ 牝7 日本

この年は激しいスコールのため5日後に順延し開催された。勝ったのは前年のジャパンC優勝馬シングスピール。日本から参戦したホクトベガは4角で転倒し競走中止。左前腕節部複雑骨折によりそのまま安楽死処分がとられた。



1996年 第1回  →レース動画
ナドアルシバ競馬場 ダート2000m

1着 シガー 牡6 米国
6着 ライブリマウント 牡5 日本

連勝を重ねていたアメリカのヒーロー・シガーがソウルオブザマターとの叩き合いを制して14連勝を達成。日本から参戦のライブリマウントは、ダートの本場アメリカの馬との力の差を感じる6着。



シェイク・モハメド殿下とは、アラブ首長国連邦を構成する首長国のひとつ、ドバイの首長です。

また、アラブ首長国連邦(UAE)の副大統領と首相も兼任しています。

そして世界有数の競走馬のオーナーブリーダーでもあります。

モハメド殿下は、1994年に競走馬の生産・管理・調教などを行う組織ゴドルフィン(Godolphin)を設立し本格的にオーナーブリーダーの活動を開始しました。

その翌々年の1996年にはドバイワールドカップを創設、また1999年にはエミレーツ航空をスポンサーとしてワールドシリーズ・レーシング・チャンピオンシップを創設(現在は休止中)。世界の名馬がその能力を競う場を提供してきました。

それとともに世界中の権威あるレースにおいて所有馬を次々と優勝させてきました。バランシーン、ラムタラ、デイラミ、スウェイン、ファンタスティックライト、ドバイミレニアムなど、所有してきた名馬は数えきれないほどです。

所有資産2兆円とも言われるモハメド殿下。これらの成功は、金の力で名馬を買いあさり、金の力で買い取った成功だと言われてきました。

現在、ドバイは経済繁栄した大都市となり、世界のスポーツ、レジャーおよびビジネスの中心地となっていますが、自身の競馬事業の発展と歩みが似ています。

ドバイを世界から注目される大都市へ変貌させる、その中心に競馬を据えようではないか、と考えがあったのかもしれません。だとすれば、モハメド殿下の才能、能力は、歴史上から見ても類稀に優れた人物だと言えそうです。

何故ならば、金の力だけでは世界は決して変えられないからです。


日本の競馬にも強い関心を持ち、数多くの競走馬を日本のレースに出走させてきました。1995年の安田記念ではハートレイクが武豊を背に見事優勝をしています。1996年のジャパンCでもシングスピールで勝利を収めています。

そして2009年には念願のJRAの個人馬主資格を取得します。

現在ではシェイクモハメドの名前で100頭以上の現役馬を所有しています。

所有馬の成績は年々上がってきており、朝日チャレンジカップを勝ったアルキメデス、シルクロードSで惜しくも2着だったレディオブオペラ、エルムSを勝ったフリートストリートなど、重賞で活躍する馬が多数出てきており、G1を勝つのも時間の問題だろう、というところまで来ています。

また日本における競走馬の生産にも積極的で、2004年にダーレー・ジャパンファームを北海道の日高に設立すると、近隣の牧場を買い取り、生産規模を拡大しています。

そして、生産した競走馬を日本のセールにも上場し、4年間で50頭近い競走馬を売却しています。

かつては黒船と恐れられたモハメド殿下が、今では日本の競馬に新風を吹き込んでいます。

社台グループの寡占化により競馬が面白くなくなってきたと言われてきて久しい日本の競馬界。

ライバルがいて競争があってこそ競馬というドラマは面白くなります。

ここまで大きくなってしまった社台グループのライバルとなって、日本の競馬を再び盛り上げてくれるのは、世界中にモハメド殿下しかいないのかもしれません。